STORY_5

「問題はお前さんを元の世界に戻すって事だ。」
静かに話し始めたワルトバイラーに、風春は黙ってその話を聞く。
「生体召喚術は難しい、そして生体召還、これも難しいんだ。少なくとも私みたいな低級の精製術しか扱えないんじゃ、お前さんの召還はもう一度奇跡が起こらなけりゃ無理だ。」
「じゃあ…その生体召還ができる人間っているのか?」
風春の必死の問いに、ワルトバイラーが俯いた。
「…三ヶ月前まではな、世界最後の生体召喚師ロテーリャ・リリ、87才で大往生だったそうだ……。」
「…………ホント……?」
「……新聞見るか?」の問い掛けに風春はただ首を振った。だろうな、とワルトバイラーはテーブルの本を閉じて傍らに置いた。
「すまない。こういう理由で残念だがどうしようもない。お互い運が悪かった。残念だが…」
ワルトバイラーが最後まで告げる前に、風春はそれを遮って叫ぶ。
「あ…アンタは何を失ったんだ!!俺は生活の全てだぞ…お互いなんて抜かすな!!」
風春が怒鳴った。混乱も動揺も含んだその声を浴びて、ワルトバイラーは自嘲気味に笑んだ。
「ああ、私もこれから生活の全てを失うのさ。危険極まりない上級召喚をやって、異界人のお前さんがここにいることが連盟にバレればな。精製術の免許も剥奪…。」
再度少し笑って、ワルトバイラーは盆に空のカップを載せた。
その様子を見ながら風春は言葉を訊いて愕然としていた。そしてはたと気付く。この世界にもルールがある。自分を呼んでしまった事で彼女は犯罪者になるのだろう。風春から瞬間的な焦燥と憤りが冷え、どうしようもない気持ちが込上げた。
「公的な手続きも無いまま、ここの住民の命を危険に晒したんだ。実害が無くても重罪で死刑だよ。」
「…そんな………悪い。」
「…だから運が悪かったのさ……カップ頂戴、持ってくから。」
差し出された手に空になったカップを渡すと、ワルトバイラーはそれを来た時と同じように片手で持った盆の上に載せて持っていく。
「なーに、何とかして良い召喚師を探してやる。可能性は低いがお前さんが元の世界に戻る方法を探す努力はする。」
ワルトバイラーは笑顔だった。風春はその表情を正視出来ずに沈黙し、俯いた。彼女の気配は遠ざかる。

風春は、彼女の遠ざかる足音と、自分の心臓の音が重なっているような気がした。
「………運が悪かったんだな…。」
反芻するように風春は呟いた。ワルトバイラーの後姿が扉に近付く。
彼女の所為で彼は生活を失ったが、だが彼女は今自分の存在の所為で、意図しない代償を払う事になるのだ。しかもそうであるのに、ワルトバイラーはなんの動揺も見せない。
なんだか自分の動揺が(比べる対象が対象だが)下らないものに思えて、風春はもう一度ワルトバイラーを見た。

横を通った女の横顔が、酷く綺麗に見えた。

「………。」



風春は少し黙り込んで全て諦める事にした。
馬鹿な理由だったがそれは飲み込んだ。

「…洗うの手伝うぞ。」
立ち上がってワルトバイラーの後を追う。愕いて振り返った女の持った盆から、カップが零れかける。慌てて風春が手を伸ばして落下を阻止した。
落ちかけたそれを盆に戻そうと顔を上げると、ワルトバイラーが微笑していた。変わった女だが、風春は今この女を嫌いになれなかった。
「いいねぇ、顔のいい男より働き者の男はこっちじゃもてるよ。」
「なあ…あんたが駄目にならない方法あるか?」
ワルトバイラーがきょとんとして風春を見た。瞳には愕きより疑問の色の方が濃い。
「死刑なんだろ?そんなの、…まあ確かにヤバイ事やったのは俺の存在で立証されてるけど…でもだからって死刑はない。…だろ…?」

取り乱しもせず机上に振舞うこの人物を助けたいと思った。
乗り切れる災難ならば乗り切ればいい。
そう思うと一度傾いた感情は戻って来そうにない。
彼はそう思った。

真剣な風春の様子に、ワルトバイラーは少し黙ったままだったが、やがてまた微笑した。空いていた軽く握った左手の甲で、右頬を二回とんとんと叩く。
風春は自分の顔に何かついていたのかと思って頬に手をやると、彼女は笑って違う、と言う。
「ありがとうってことさ。」
そう言うと身を翻してワルトバイラーは歩き始めた。
風春はその動作がこの世界流の感謝の表現だと理解して苦笑する。

そして彼女の後に続いた。

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